「veda」 に関連する記事

五感

mori (2010年12月 1日 09:54)

普通に話をしているときに「ごかん」と言うと、パソコン関係の人も車関係の人も「互換」と思うかもしれません。「互換性」というのは大事ですね。

さて、それはともかく「五感」というのを改めて確認すると、「視覚、味覚、聴覚、嗅覚、触覚」ですね。

これらは言うまでもなく「センサー」の役割です。危険を察知したり、自分にとって有益なものを判断するためにあります。

「五感」は生命の維持に役に立つものです。ですから、本来は五感を研ぎ澄ませれば常に健康でいられるものと思います。

しかし、「悟り」という分野の話になると、「五感」は邪魔者扱いされる印象があります。

それは、

「必要以上に五感の刺激を楽しんでしまう。」

という部分に問題があるのだと思います。

五感のうちの一つか二つの刺激を楽しんでいる間に他の五感が活用されなくなったりしてバランスを崩したり、本来やらなければいけないことを放って置いて五感を楽しむことに夢中になったりして「望む結果が得られない」という危機感から来る話ではないかと思います。(他にも色々ありそうですが。)

そこで、

「瞑想する」

ということですべての五感を落ち着かせ、それが定着すると「悟り」と言われる状態になるという希望的な考えがあります。

しかし、五感の本来の役割は「センサー」ですから、それを鈍くするということは論理的に矛盾します。

五感は「常に最高に鋭敏な状態」を維持する必要があります。

常に外に向かって自分の意思と関係なく働いている五感を制御をすることは難しく、そのため、「荒れ狂う五感」と表現されることもあります。

たまに、このブログでも紹介させていただいている「超越瞑想と悟り」という本の中では、

「五感は心が創造世界の多様性の栄光を楽しめるようにする道具」

という扱いです。

そして、それを制御したいという人のための解説があります。

普段はあまり五感について考えないかもしれませんが、なかなか興味深いポイントだと思います。

相対と絶対

mori (2010年11月 4日 09:51)

ランボ2台とベントレーを持っていると、さすがに自分でも「物欲のカタマリ」とか思いますし、他からは「いいですね」「うらやましい」「自分には無理」と言われたりします。

「自分も頑張ります」と言われるのが1番嬉しいのですが、かえって自信をなくす人がいると申し訳なく思います。

自分の思いを実現するには「お金」が必要ですが、「お金」がすべてではありません。自分の人生における「ダルマ」が重要だと言われていますが、長くなりそうなのでまたの機会にするとして、物欲やお金など自分の外側の「常に変化を続ける相対世界」と、瞑想で体験できる「不変の絶対世界」との話をしておこうと思います。

私の人生の参考書、「超越瞑想と悟り」から引用します。

ちなみに、紹介記事はこちら。

http://morimasaya.jp/2009/11/post-31.html

インドの古典バガヴァッド・ギーターの詩節と、それを解説している本です。

---------------------------------ここから引用

詩節44 享楽や権力に深く執着している者たちや、これら(華やかな言葉)に思いがとらわれている者たちの心には、理知の確固とした状態が生じることはない。

相対世界に関する偉大な知識をもっている人たちの中にも、「絶対」に関する英知を兼ね備えている人はいます。文字も読めないような人でさえ、自らの「存在」である絶対の至福を楽しむことができるのですから、学識のある人にできないはずはありません。

この詩節で述べられているのは、世俗的な享楽や権力に対する異議でもありませんし、また、それらを獲得するための方法である、行動に関する『ヴェーダ』の英知に対する異議でもありません。

栄えある『ヴェーダ』の儀式は華やかな言葉で表されていますが、それを聞くことによって心が享楽や権力に夢中になってしまう、ということに対する異議がここで述べられているのです。

常に行動の領域にかかわっている人が、行動、特に行動に関する『ヴェーダ』の方法によれば、どんなことも達成可能であると宣言したとしても、それは驚くべきことではありません。行動に関する『ヴェーダ』の方法は、疑いなく、どんなことをも達成するための直接的な道を提供するからです。

しかし、こういった意見は、確かに生命の相対領域においては正しいのですが、絶対の「存在」とは明らかに関係のないものです。

「実在」の全体は、生命の形に現れた面と、形に現われた面との両方から成り立っています。

ところが、『ヴェーダ』の「カルマ・カーンダ」の英知しかもっていない人たちは、形に現われた領域の中だけで願望を抱いています。行動に関する英知からは、形に現われていない「実在」に関する英知を、直接得ることができないのです。

「絶対」という形に現われていない領域に関する知識が欠けているために、そのような人たちは『ヴェーダ』で述べられている行動の領域を超えたところには何もない、と華やかな言葉で宣言します。(詩節42)

詩節43では、行動の魅力にすっかりとらわれている心が描かれました。心は行動のすばらしさを宣言する華やかな言葉に魅せられ、活発で多様な活動の中に巻き込まれていきます。そのような常に活動的な心は、当然のことながら、確固とした理知の領域の外にとどまってしまいます。

世俗的な喜びと、努力と行動によって進歩しているという感じのために、心は引き続き外側の活動にかかわり続けます。そのような心が、自分から確固とした状態へと集束していくのは容易なことではありません。

なぜなら、活動している心は多様性の場にかかわっているのであり、それは確固たる状態へ集束していく過程とは明らかに反対のことであるからです。

意図をもち、導きが受けられる場合にのみ、たとえ「享楽や権力」のただ中にあったとしても、心は一点集中の状態を得ることができるのです。

次の詩節では、そのような拡散した心を確固とした状態に導く方法の原理が示されます。

---------------------------------引用ここまで

で、次の詩節45へと続きます。ちなみに、この本の中でとても重要なのが詩節45です。

私がTM瞑想を知ったときは貯金も何もゼロの状態で、半年かけてお金をためて学びました。それから毎日朝夕行っていて、だいぶ内側の土台が固まってきた頃から色々なものが良い感じになっていきました。

欲しいものを手に入れても、自分の内側が満たされていないと何も楽しめません。逆に、自分の内側が満たされていると、外側に関係なく楽しむことができます。

内側が満たされてくると活動的になったり効率的になったりして、外側も変わってくるというのが今の段階での私の感想です。

空(くう)とは?

mori (2010年10月13日 11:37)

「瞑想」というと、無の境地とか、空(くう)とか、無限の静寂とかいう言葉が連想されるかもしれません。

瞑想をしようと思う理由のひとつとして、「ちょっと忙しいから静かな時間を持ちたい」とか、「頭の中を落ち着かせたい」とか、「気分をリセットしたい」等々、どちらかというと活動が多すぎるときに少しストップさせたいという人が多いような気がします。

頭の中がゴチャゴチャしていると、無の境地とか空(くう)とかの静寂な感じに心惹かれるものがあるかもしれません。無いかもしれません。(笑)

「無の境地」

については、「何も無い状態」というよりは、「不純物が何も無い状態」だと私は思っています。

何も無い、カラッポの状態ではなく、どちらかというとエネルギーに満ちた場だと思うからです。

物理学で言うところの「無」については、こちらです。

http://morimasaya.jp/2010/08/post-280.html

瞑想をすると、スッキリすると同時に、力が湧いてくるというか、パワーが回復するというか、そんな感じになります。

瞑想を始めたばかりの頃は、かえって今まで感じていなかった疲労が出てきてだるくなったりもしますが、そのまま続けていくと元気になってきます。

瞑想をするわけでもなく、ただ何もせずに座っていても静かな雰囲気というのは楽しむことができます。周囲の草木が風で揺れる音、小鳥のさえずり、水の音など、普段は気付かないものが聞こえてきます。

そのときに、それらの音と対比して自分自身が静寂であると感じると思います。

しかし、それは単に「静かになっている」とか「落ち着いている」という状態であって、「純粋な場にいる」という状況ではありません。

「純粋な場」に行くと、それ自体は意識することはできません。五感や意識で感じることが出来ない「場」です。

しかし、そこから出てくると、心に純粋性が増し、エネルギーが回復します。

ろうそくを見つめる瞑想、言葉を追う瞑想、動的な瞑想など色々とありますが、効果を感じる瞑想を行うことが1番だと思います。

と、いきなり言われてもどうしようもないと思いますが、楽しく活動的に生活するには効果的な休息が必要だと思いますので、ただそれについての話と思っていただいても大丈夫です。(^_^)

エクアドルの無敵軍隊

mori (2010年10月 8日 11:05)

私はTM瞑想(超越瞑想)という瞑想法をやっています。世界中で600万人以上が習った瞑想法で、様々な科学的研究が行われています。

また、アメリカの科学誌ネイチャーで「グループでTM瞑想をすると社会に平和の影響がある。」という研究結果が発表されたことがあります。平和条約や平和協定などの国家間の約束事は平和に関しての科学的効果は認められていませんが、TM瞑想は「世界平和」に関して唯一「効果がある」という結果が出ていると聞いています。

TM瞑想は国家導入されたり、警察や軍隊、教育関係で採用されたりと、世界各地に広がっています。

それで、今回はエクアドルの軍隊に導入されたそうなので、簡単に紹介しておきます。

ちなみに、「無敵」というのは「敵を発生させない」という意味です。

 

以下、引用と抜粋です。

 

エクアドルでは、軍隊に防衛部門を設立し無敵の防衛テクノロジーを導入した。

この部門では、マハリシの超越瞑想とその上級プログラムが毎日大きなグループで実習されている。

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エクアドルには、4種類の軍隊がある。陸軍、海軍、空軍そして軍事警察である。

エクアドルを無敵にする防衛部門を設立するために、軍事警察部門が選ばれた。人口1450万人のエクアドルでは、必要とされるグループを創るためには、382人(人口の1%平方根)のエキスパートが必要であった。

司令官である将軍は、この構想に大変賛同し、2010年3月8日からプロジェクトを開始するという決定がなされた。

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まずテストケースとして、将軍は、若い兵士達が実戦部隊に配置される前に基本的な軍事トレーニングを6ヶ月間受ける訓練センターから、2つのグループを選んだ。

各々のグループは、300人の兵士からなり超越瞑想が指導された。またその中の200人は無敵防衛テクノロジー(IDT)のエキスパートとなった。

将軍は、兵士たちがグループでプログラムを実践する時間と場所をその職務の日課に合わせて設定した。

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1ヶ月間の実習の後、軍の心理学者達により、プログラムの有効性が調査された。
兵士たちの感想をまとめると以下のようであった。

たいへん実践的な活動だった 96%

完全に満足のいくものだった 95%

ストレスをうまく扱えるようになり、仕事の質が良くなった 92%

人間関係が改善した 96%

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これらのテスト結果に基づき、将軍は二つのことを決定した。

1.超越瞑想とその上級テクニック(無敵防衛テクノロジーの実用面)をエクアドルの無敵性を達成するため直ちに2つのトレーニングユニットに導入する。

2.若い将校が受ける、4年間のナショナルアカデミーの訓練に、プログラムの導入を検討する。

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将軍は、プログラムに参加する新しい将校を任命した。そして現在339人が無敵防衛テクノロジーのエキスパートになっている。

今年の後半には、さらに400人が加わる予定のため、合わせて739人の無敵防衛テクノロジーのエキスパートがアカデミーにできることとなる。

つまり彼らを、トレーニングセンターの2x200人の無敵テクノロジーエキスパートに加えると、総勢1139人が今年の後半に揃う。

目標は、少なくとも1000人の無敵テクノロジーのエキスパートが規則的にプログラムを行うことだ。

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超越瞑想とその上級プログラムのグループ実習に加えて、4年間のアカデミーの訓練プログラムには、週毎に1時間にも及ぶ、無敵性の理論を学ぶ講義も含まれている。

さらに超越瞑想の教師養成コースが、カリキュラムに組み込まれる予定だ。そうすれば、軍隊で自前のTM教師が持てるため、無敵テクノロジーが継続的に行われ、必要とされるエキスパートの数が常時確保されることとなる。
このプログラムは、すでにアカデミーの19歳から24歳の士官候補生を対象に実施されている。

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以上です。ちょっと長くなりましたが引用してみました。

コレア・エクアドル共和国大統領は、9月5日(日)~8日(水)まで、日本を公式訪問されました。コレア大統領は、天皇陛下に会見され、菅総理と首脳会談及び昼食会を行っています。

先週は警察官による抗議デモ等で政府が非常事態を宣言する事態になって治安が悪くなっていますが、なぜか昔からTM瞑想を導入すると最初に「ストレス解消」というものが発生します。

今までに蓄積されたストレスが出てくるのでしょうか。そのあとも続けていていると色々なものが良くなってきます。

このブログを読むと怪しさ満点で、宗教的だったりオカルト的だったり電波系のようなイメージもあるかもしれませんが、世界平和や経済の発展などに有効だと思って一生懸命に行動している人たちですので、見逃してくださいませ。

あ、ちなみに、

「もしこれが本当だったらいいと思いませんか?」

というフレーズは、ネットワークビジネスや詐欺商法でよく使われる言葉なので注意しましょう。

気になったら納得いくまで話を聞いて、インターネットで調べて疑問があればどんどん聞きましょう。

それでは、また。(^^)/~

宗教の成就

mori (2010年8月30日 08:35)

自分は瞑想をやっていますし、教えてもいます。

そんなこんなで生活をしていますと、「宗教」という話が出てくることがあります。スピリチュアル系の人と話をすることもあります。私はあまり知識が無いので波に乗れません。(^_^;)

考えてみると、ディアブロに乗っていて「これ何馬力ですか?」と聞かれてもわからないので、車系の人とも会話の波に乗っていません・・・。

まあ、それはともかく、私の瞑想の先生は宗教についてどのように考えているのかをこのブログでも書こうと思いました。

「超越瞑想入門」(読売出版社)を見ますと、「宗教の成就」という項目でたくさん書かれています。

瞑想と宗教の関係がハッキリします。

長すぎるので、部分的に引用したいところですが、誤解を招きそうなので避けようと思います。

そんなこんなで、今日はちょっと宣伝文句っぽく紹介してみます。

だいたい、こんな内容です。

1.宗教の成就とは何か。

2.宗教の目的は一人ひとりの生命がどうなるようにすることか?

3.宗教の実際的な価値とは。

4.今日の宗教の憂うべき状態。現在の宗教は○○○だけになってしまっている。

5.宗教上の儀式の必要性とは。

6.宗教は、恐れを教え込む方法で目的を遂げようとしている?

7.宗教の任務とは?

8.宗教に厳しい修行は必要か?

9.真の生命を有する還元な宗教とは?

10.言葉だけの宗教と、真の宗教の違い。

11.信仰のための信仰は、単にエネルギーの浪費?

12.牧師の責任とは?

13.すべての宗教の精神と瞑想の関係。

14.正しい行動をするための簡単な方法。

15.宗教的な人生とは?

16.宗教と、心の内側を変化させる力の関係。

17.政府は信教の自由を与えつつも○○していく。

18.政府は宗教への助力をするべき。

19.各宗教の教えを実際に生きるようにする方法とは?

20.結論として、あらゆる宗教に成就をもたらすことができる。

ちなみに、「成就」に関しては「生命の成就」「心理学の成就」「哲学の成就」というのもあります。「ジョージが上手に成就した。」という感じですか。違いますね。

普段、親しくない人にあまり口にしないことっていうのは、「宗教」「政治」「ネットワークビジネス」「過去の病気」「年収」とかいう感じでしょうか。

どちらかというと、「他人を幸せにする話題」は無難ですが、それ以上の話は仲良くなってからだと思います。

叩くとビスケットが2倍になるポケットを山ほど持っていたら、親しくない人にでもあげてしまう気がするのですが、他人を幸せにする話題は話しやすいですね。

会話の基本は、「相手が喜ぶ話題」って感じでしょうか。

この記事のタイトルですぐにピンと来た方がいらっしゃるかもしれませんが、「今の宗教は成就していない」という思いが私にはあります。

この件についても、まだまだ世間知らずなので、もっと勉強していきたいと思っています。

宗教の勧誘

mori (2010年8月14日 09:45)

宗教の勧誘を受けた人は、けっこういると思います。

私は数回ですね。

高校生のときのたまり場の喫茶店で、ある日某宗教の映画を上映していることがあって観たことがあります。そのときは勧誘されませんでしたが・・・。

うちの近所を数名で歩いてチラシを配っている団体もあります。

私は、どちらかというと宗教の話は好きです。

なんというか、宗教をやっている人には「今の生活をもっとよくしたい。」とか「みんなで幸せになりたい」という気持ちがあるからです。

起業したいと思っているビジネスマンや経営者の方々についても同様の感覚はあります。

ただ、「これをやれば必ず幸せになれる」と力説されても困ってしまいます。話をしているその人に力が入っていると、ちっとも幸せそうではありません。

同様に、「これをやれば儲かる」と力を入れている人も儲かる感じがしません。

ネットワークビジネスもそうですが、「これには希望がある」という話について「これは必ずうまくいく」という表現をしている人は初心者っぽいイメージです。

「勧誘」とひとくくりにしてしまうといけないのですが、「宗教」に関しては、やはりなんだか「良くない」という印象があります。

宗教の勧誘をしている人も、もちろんそれを承知しているわけですから、その上で勧誘をするには何か伝えたいと思う大事なことがあるはずです。

 今の時点で、私は現在の宗教で幸せになれるものは無いと思っています。

以前、ブログでも書きましたが、「人を幸せにするものが宗教」だと思っていますから、現在は「宗教の形をとっているものはあっても、本当の宗教は無い」という風に思っています。

もちろん、私は世間が狭いです。(^^)

世の中に色々なことがあるだろうと思っていますが、今ところは「良い宗教」というものは見当たりません。

「我こそは」

という宗教家の方がいらっしゃいましたら、お話もお聞きしたいと思っていますので連絡をいただければと思います。

今のところ、私はインドのヴェーダの知恵がすばらしいと思っているのですが、「インドの知恵なんかやっている人に話をしてもわからない」とか「それを極めてから話をします」という表現をする人も過去にいました。

なんか、そういうのは変だなあ、と思うんですけど・・・。

なんにせよ、世の中の人が平和で幸せに暮らしていくことを願っている人は、宗派を問わず協力していければいいな、と思っています。

やっぱり、全員の力を合わせた方が強力ですよね。

アパウルシェーヤ・バーシャ

mori (2010年8月13日 10:36)

アパウルシェーヤ・バーシャという言葉は、たぶん聞いたことが無い人が多いと思います。

インドの言葉です。

私はインドに古来から伝わる「ヴェーダ」という総合的な知識の紹介をするときがありますが、「ヴェーダ」というと「インドの宗教」と思われることが多いです。

また、朝夕に瞑想をやっているのですが、それも「宗教」と言われることもあります。

まあ、それはそれでいいのですけれど、「ヴェーダ」には色々な種類があります。最近は知名度が上がってきた「アーユルヴェーダ」の文献の「チャラカサンヒター」は、チャラカという人によって書かれたと言われています。

しかし、ヴェーダの知識自体は、自然界に普通に存在しているものなので、誰かが作ったというものではありません。

ヴェーダには40部門があり、アーユルヴェーダもその中に含まれています。

タイトルの「アパウルシェーヤ・バーシャ」は、「人の手によらない注釈」という意味です。

よく例に出されるのが「リク・ヴェーダ」です。

「リク・ヴェーダ」は、ヴェーダの中の「根本聖典」と呼ばれる文献です。

それは、

「アクニミレ・・・」

という音で始まります。

そして、それが世界のすべてを現していると言われています。

最初の音、「ア」は無限の表現です。「アーーーーーー」と発声してみると、活動が続いている音だということがわかります。

次の音は「ク」です。これは「点」の表現で、動きが止まる音だということがわかります。

動きと停止の正反対の価値のバランスが音で表現されていて、次の「ニ・ミ・・・」と続きます。

さらに、最初の音を次の音が解説するという構造になっていますが、長くなるので省略します。

このように「リク・ヴェーダ」の音や構造などについての注釈があるのですが、それが「アパウルシェーヤ・バーシャ」と呼ばれるものです。

ヴェーダは宗教のようですが、実際はすべての世界を表現したものです。ですから、信じる必要がありません。「水は上から下に流れる」という言葉と変わりません。

そして「リク・ヴェーダ」は、「自らを詳細に展開する」という構造があり、「自己参照的」とも言われます。

私たちの日々の生活を含め、世界の基本は「自己参照的」だという解説でもあります。

ヴェーダ文献は、現代科学では特に物理学との相性が良く、生理学とも一致する部分が多くあります。

まあ、それはともかく、「リク・ヴェーダ」の「アパウルシェーヤ・バーシャ(人の手によらない注釈)」と呼ばれるものは、非常に興味深いものだと思います。

自然法則

mori (2010年6月 2日 09:14)

普段はあまり気にしないのですが、「自然法則」というものがあります。

簡単な例では、

「誰でも、なんでも、地球上のものは重力の影響を受けている」

とか、

「生ゴミが腐ると臭い」

とか、どこの国の人とも同じ認識を持つことができるものがあります。

「自然法則」という単語のイメージとちょっと違うようなものとかもありますが、けっこう色々なものがあります。

化学や物理などをやっていると、「すべてのものに共通する法則」というのは無視できませんが、普通に生活をしているとあまり意識はしていないと思います。

誰かに

「お前、バカ」

と言えば相手は不愉快になりますし、

「いい人ですね。」

と言えば、気分も良くなります。

これは、「作用・反作用の法則」でもあります。

インドの健康法のアーユルヴェーダでは、例えば

「昼の12時ぐらいが1日のうちで一番消化力が高い」

「疲れたときには、甘いものやすっぱいものが美味しいし身体にも良い」

「運動不足で食べ過ぎると、身体が重く感じる」

など、「自然法則」が多く語られています。

アーユルヴェーダだけでなく、インドの「ヴェーダ」では建築、音楽、占星術等々の知識がたくさん文献になっていて、世界各国の大学や研究機関でも取り上げられています。

自然法則を知ることにより、無理なく、快適な人生を過ごすことができるようになります。

私は、色々なところに出かけることも多いのですが、「季節の野菜をゆっくり食べる」なんていうことが難しいこともあるので、アーユルヴェーダの知識の普及も進めて行きたいと思っています。

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